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鎌ヶ谷大仏と八幡神社

2012.08.12 (Sun)

今日は茨城の実家から出てくる父母と東京に住んでいる私とで駅で待ち合わせして千葉県へお墓参りへ。

私が時間を間違えて1時間以上早く来てしまったので、近くの駅の鎌ヶ谷大仏を見ようと思いふらふらと途中下車。30分ほど時間をつぶそうと思ったら、以外とすぐ近くにいらっしゃいました。

DSC_0587.jpg
駅チカ。

駅名にもなっている知名度を誇る中では、手で届きそうなアットホームな大仏様。
江戸時代に地元の名士が祖先の冥福を祈って立てたそうです。建てたときは祈祷の僧とか地域の人々が何メートルも行列をなしたとか。訪れたときも地元の方が掃除をしてて、とても素敵な感じでした。

あまりにもあっという間に目的を達してしまったので、ほかにも何かみるものはないか探してみると…
大仏さまの反対側に八幡神社という小さな参道の入り口を発見。森の中に続く小道とか大好物なのでわくわくして入ってみると、中は結構広い立派な神社でした。

DSC_0589.jpg
これこそ地元の団結の場としての郷の神社。

近世史~好きには涎もの。年号は享和、天保、明治、からのものがありました。
同じ境内には太平洋戦争での忠魂碑も。興味深かったのは、戦没者の忠魂碑ではなく、戦「病」没者のものだったんですね。街中の忠魂碑はずっと大学で研究してた時代のクセで意識して見てますが、こういう地元出身者の忠魂碑でこういうくくりで作っているのはめずらしいなと思いました。
階級が軍属とか軍曹とか本当に動員されたと思われる一般の人々ばかりで、いろいろ想像できました。

明治百年記念事業の碑もあったな。地元の神社っていうのは歴史を生で刻んでいるのが読めるから面白いのです。

時間もあったので隅から隅までふらふらしてたのですが、また気になるものを発見。

DSC_0590.jpg
古峯神社と三峯神社。
普段なら特に気にもとめなかったのですが、5月にとても苦労して行った三峯神社の名前じゃないですか!
なんでこんなところに!?

なんか長くなったのでいったん切って続きます。

More・・・

DSC_0595.jpg
「大願成就」とともに「不二」の「登山」の文字。

DSC_0592.jpg
裏にまわっていつ建てられたものかを見ると…明治三十年四月八日
大きな出来事でいえば、足尾鉱毒事件が盛り上がっていた年です。

ここは千葉の鎌ヶ谷で、前述の古峯、三峯、不二=富士は埼玉と山梨ととても遠い場所。
どうやらこれは…明治時代から大願成就を願って遠くの霊山に登山をしていたらしい。これを登山講といいます。

DSC_0593.jpg
今も昔もコアな山好きがいる。
みんなで願いを抱きながら山に登るのは変わらない


明治30年4月8日に前後に何があったのか、これは郷土資料があればわかるかも知れない。なにかとても大きな事件が、喜びがあったのかもしれないし、悲しみがあったのかも。それとも些細なでも地元の人々にとって大事なことがあったのかもしれない。いろいろ考えると面白くて仕方ないです。大正時代のもありました。

登山講のこんなにはっきりした塚と信仰する山の分社を見たのは初めてで、ちょっと興奮でした。
地域の史跡めぐりはほんとに楽しいなあ~。

今日の一曲 晴れたらいいね/DREAMS COME TRUE
山へ行こー♪次の日曜~……って違うか(笑)
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